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東京地方裁判所 昭和51年(ワ)11619号 判決

原告 和田美千枝

右訴訟代理人弁護士 畑野有伴

被告 東港商工株式会社

右代表者代表取締役 鈴木軍一

被告 鈴木啓次郎

右被告ら訴訟代理人弁護士 中村源造

同 檜山玲子

主文

一  被告らは、原告に対し、各自、金五〇〇万円及びこれに対する昭和五二年一月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  原告は、被告東港商工株式会社(以下、被告会社という。)から、別紙物件目録記載二の店舗(以下、本件店舗という。)を賃借し、レストランを営業していた。

2  本件店舗を含む別紙物件目録記載一の建物(以下、本件建物という。)の敷地九九・一七平方メートルは(以下、本件土地という。)はもと亡杉村孝次(以下、孝次という。)の所有していたものであるところ、被告会社は孝次から右土地を賃借してその地上に本件建物を所有していたものである。

3  孝次は昭和三六年に死亡し、その妻杉村サワと子供ら五名が孝次の権利義務を相続し、昭和三九年、被告会社に対して本件建物の収去と本件土地の明渡を、原告に対して本件店舗からの退去とその敷地部分の明渡を、原告以外の本件建物の賃借人らに対しても原告と同様の退去明渡をそれぞれ求める訴訟を提起し昭和五〇年一一月六日ころ、杉村サワほか五名勝訴(被告鈴木啓次郎(以下、被告鈴木という。)及び被告会社の賃料不払による本件土地賃貸借契約解除を理由とする。)の判決が確定した。

4  杉村サワほか五名は、昭和五一年五月はじめころ、原告に対し、右確定判決に基づいて強制執行し、原告は、本件店舗から退去してその敷地部分を明け渡すことを余儀なくされた。

5  被告鈴木は、孝次から本件土地を賃借しその地上に本件建物を所有していたところ、昭和三四年一〇月二九日、本件建物を貸事務所として賃貸することを目的として被告会社を設立し、その代表取締役に就任したが、被告会社設立以前のおそくとも同年二月以降孝次に対し本件土地の地代を滞納し、また、被告会社は、本件建物の所有権と本件土地の賃借権をほとんど唯一の資産としていたのにかかわらず、昭和三五年五月一〇日以降孝次に対し二年八か月分の地代を支払わなかったので、孝次から前記訴訟の原因となった本件土地の賃貸借契約の解除を受けた。

以上の事実関係によれば、被告鈴木は、重大な過失によって被告会社に対し代表取締役としての義務に違反し、これによって原告に対し第7項の損害を与えたものである。

6  被告会社は、被告鈴木の個人企業であった不動産仲介業大平商事を会社組織としたもので、被告鈴木のいわゆる個人会社であり、本件土地の賃貸人であった孝次も本件建物の所有関係については被告鈴木と被告会社を同一視していた。

このように、被告会社の法人格は形骸化しており、被告鈴木即被告会社、被告会社即被告鈴木といった関係にあったから、被告鈴木も原告に対し賃貸借契約の履行不能による損害賠償責任を負うべきものである。

7  原告は、被告らの行為によって本件店舗の賃借権を喪失し、右店舗におけるレストラン営業を廃止せざるをえなかった。この損害を金銭に評価すると、次のとおり八三九万四九三一円となる。

(一) 本件店舗賃借権の喪失

四二九万八二八〇円

本件土地付近の土地の価格は一平方メートル当り六四万五〇〇〇円を下廻ることはないから、本件店舗の敷地部分の価格は一九一八万八七五〇円であり、本件土地は都会の商業地としても一等地というべく、したがって借地権の割合は八割、借地上の借家権の割合は借地権の少くとも四割以上であるから六一四万〇四〇〇円以上であるが、本件建物は二階建であり、原告はその一階の道路に面した部分を賃借していたので、本件店舗の賃借権はその七割の四二九万八二八〇円とするのが相当である。

(二) 本件店舗における営業廃止による損害     四〇九万六六五一円

原告は本件店舗における営業により昭和四八年度から昭和五〇年度まで年平均四〇九万六六五一円の利益を得ていたところ、右営業廃止のため他に店舗を求めたが、その引越料、新店舗の開設資金、従前の顧客の喪失等の営業補償に相当する損害は少なくとも従前の営業利益の一年分と見積るべきである。

よって、原告は、被告会社に対し、本件店舗賃貸借契約の履行不能による損害賠償として、被告鈴木に対し、商法二六六条の三に基づき又は法人格否認の法理により右履行不能による損害賠償として、各自、右損害のうち金五〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五二年一月一九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1のうち、被告会社が原告に被告会社所有の本件店舗を賃貸したことは認めるが、原告の本件店舗における営業内容は争う。

2  請求原因2、3の事実はいずれも認める。

3  請求原因4のうち、原告が本件店舗から退去したことは認める。

4  請求原因5のうち、被告鈴木が被告会社の代表取締役であったことは認めるがその余の事実は否認する。被告会社は、昭和三九年当時、相当の事業活動をしていた。

5  請求原因6の事実は否認する。被告会社は税法上の同族会社であるが、被告鈴木個人と同視すべき会社ではない。

6  請求原因7のうち、原告主張の損害額は、借地権及び借家権の価格を含め争う。原告がその主張のような営業利益をあげていたことは否認する。原告主張の営業利益は単純に売上高から仕入価格及び営業費を差し引いたいわゆる粗利益であり、これから原告ら二人の人件費を控除すると、純益はない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は、原告の本件店舗における営業内容を除き、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、原告は、昭和五一年五月二日当時、本件店舗においてエコーの名称でスナック・バーを経営していたことを認めることができる。

二  請求原因2及び3の各事実並びに4のうち原告が本件店舗から退去したことは当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、原告は、同年四月二四日、東京地方裁判所執行官鈴木敏雄から、執行力ある請求原因4の確定判決正本を示され、任意かつ早急に本件店舗から退去してその敷地部分を明け渡すことを催告され、同年五月二日、本件店舗から退去して(このことは、右のとおり当事者間に争いがない。)その敷地部分を明け渡したことを認めることができる。

三  被告鈴木が被告会社の代表取締役であったことは当事者間に争いがない。そして、《証拠省略》によれば、原告は、昭和三三年八月二六日、当時太平商事の名称で個人で不動産業を営んでいた被告鈴木の仲介によって、本件建物の不動産登記上の所有者鈴木善之丞から、本件店舗を賃借したこと、本件建物の当時の実質的な所有者は被告鈴木であったこと、被告鈴木は、昭和三四年一〇月二九日、税金対策のため、右個人事業を会社組織にするべく、本件建物を貸事務所として賃貸することを主たる目的とした、資本金一〇〇万円の被告会社(当初の商号・東港建物株式会社)を設立したが、その株式はほとんど被告鈴木が所有しており、従業員も被告鈴木と女事務員一人の、被告鈴木の主宰するいわゆる個人会社であったこと、被告鈴木は、同年二月以後、孝次に対する本件土地の賃料の支払を遅滞し、被告会社は、本件建物を取得しそれに伴い本件土地の賃借権の譲渡を受けた昭和三五年五月一〇日以降、孝次及び杉村サワほか五名に対する右土地の賃料の支払を遅滞していたこと、当時の本件土地の賃料は一か月二〇四〇円、本件店舗の賃料は一か月一万三〇〇〇円であり、被告会社は本件建物の本件店舗を除く部分をも他に賃貸して相応の賃料を得ていたから、その限りでは被告会社が本件土地の賃料の支払にこと欠くはずはなかったこと、被告会社は、右のように本件土地の賃料の支払を遅滞していたにもかかわらず、原告が昭和三八年一〇月二九日ころ本件店舗の補修工事をするや、右工事について被告会社の了解を得ていないことを理由に、原告に対し同年一一月七日到達の書面で本件店舗賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたうえ、東京地方裁判所に原告を相手取って本件店舗の明渡等を求める訴を提起したが、原告が再三被告会社の代表者たる被告鈴木に対し修理を求め、被告鈴木はこれを承諾しながら修理をしなかったこと等を理由に、被告会社のほぼ全面敗訴の判決を受けたことを認めることができ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

四  以上の事実によれば、被告会社は、本件店舗賃貸借契約における原告に対する本件店舗を使用収益させる義務の履行不能を来たしたものであるから、原告に対し、本件店舗賃借権の喪失による損害を賠償する責任を負うべきであり、また、被告鈴木は、被告会社の代表取締役に在任中、被告会社が長年月にわたり本件土地の賃料の支払を遅滞していることを認識しながら漫然とこれを放置した重大な過失により、遂に本件土地賃貸契約を解除されて、被告会社の重要な財産である本件土地の賃借権及び本件建物を確保すべき被告会社に対する取締役としての義務に違反し、その結果、原告に本件店舗賃借権喪失の損害を与えたものであって、商法二六六条の三第一項前段により直接原告に対し右損害を賠償する責めに任ずべきである。

五  原告が昭和五一年五月二日当時本件店舗においてスナック・バーを経営していたことは前記のとおりであり、《証拠省略》によれば、原告は、本件店舗北側の五畳半の和室に居住をもしていたこと、本件店舗の・右スナック・バーの営業権価格を含めた借家権の価格は、同月一日時点において五六〇万円とするのが相当であることを認めることができる。

六  よって、原告が被告らに対し各自右損害のうち五〇〇万円及びこれに対する本件訴状送達の翌日であることが記録上明らかな昭和五二年一月一九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める本訴請求は、いずれも理由があるから、これらを認容し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言について、同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 並木茂)

〈以下省略〉

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